今期は日本ファンタジーノベル大賞受賞作家と2010年代を締めくくるアンソロジーが収穫でした。日本ファンタジーノベル大賞関連作は『ゴルコンダ』(斉藤直子)、『青少年のための小説入門』(久保寺健彦)、『天使の歩廊 ある建築家をめぐる物語』(中村弦)、『蕃東国年代記』(西崎憲)と『星の民のクリスマス』『リリース』『望むのは』『無限の玄/風下の朱』『神前酔狂宴』(古谷田奈月)を読みました。斉藤直子の『ゴルコンダ』は電子書籍の作品で、非常に面白いのですが非常にマニアック。古谷田奈月の作品は1作(『ジュンのための6つの小曲』)を除いて全て読んでみました。また、編者の大森望&伴名練も書いていましたが、『2010年代SF傑作選』は私も2巻合わせて14/20が既読とどちらかといえばオーソドックスな顔ぶれだっただけに伴名練のマニアックなアンソロジーに期待が高まります。
後は個別の作品で注目作以外には『徴産制』(田中兆子)、『人間に向いてない』(黒澤いづみ)、『妻が椎茸だったころ』(中島京子)、『動物たちのまーまー』(一條次郎)などが収穫でした。田中兆子の『徴産制』はセンス・オブ・ジェンダー賞を受賞している通りジェンダー的な作品ですが、後半が少々政治的過ぎたのが残念だが純文学ならばそんなものかもしれない。黒澤いづみの『人間に向いてない』は、メフィスト賞受賞作だがまさかのミステリ要素がない異形の家族小説で賞の懐の広さを感じさせます。中島京子の『妻が椎茸だったころ』は日本タイトルだけ大賞を受賞しており、中身もそれに違わず変な作品(褒めてます)。一條次郎の『動物たちのまーまー』はすごく面白いのですがすごく説明しにくくあまり取り上げられていません(が本当はとり上げたい)。
読了日:2020/01
本が出たのはもう4年前で取り巻く現状は結構変わっていますが、コンピュータを用いて執筆した小説を日経「星新一賞」に応募した顛末をまとめた内容です。「コンピュータに小説が書ける」=「小説を生成するアルゴリズムが存在する」、そして"創造性"の問題、つまり「評価されたものが創造的なもの」という言説には創作者にとってはけっこう残酷かもしれませんが頷けました。
読みながら金子邦彦の「小説 進物史観」、あるいはスタニスワフ・レムの「ビット文学の歴史」のような人智を超える作品が現れるのだろうか?と考えて見ましたが、それらを読んでもこの本収録作の「コンピュータが小説を書く日」を読んでも分かる通り、人智を超える作品が必要とされるには人智を超える読者が必要であり、我々読者が今のままでいるうちは人智は超えることができないのかもしれません。
読了日:2019/01
レーベルの印象よりもちょと厚くてひるんだのですが、これは当たりでした。作風はライトノベル作家の皮を被った村上春樹の皮を被った森見登美彦の皮を被った…と思ったけどなんか下手な例えになってしまってます。私は〈絶対レビュー〉には選ばれていないようですね。それはともかくとして、内容は手にした者には比類なき文才が与えられるという伝説の〈絶対小説〉を巡る青春メタフィクションファンタジーで、数々の先行作品も思い浮かべながら楽しく読ませてもらいました。
読了日:2019/02
前半の「生命式」「素敵な素材」「素晴らしい食卓」位過激な設定の話が読んでいて面白かったです。あとは「二人家族」「魔法のからだ」「孵化」が印象に残ります。SF的には「生命式」「素敵な素材」「素晴らしい食卓」「二人家族」「大きな星の時間」「かぜのこいびと」「パズル」が注目作でしょうか。最近変な話を書く作家が増えて嬉しい限りです。「変愛小説集」を書き下ろしでも再録でもよいのでNOVAまたは年刊日本SF傑作選みたいにシリーズ化して欲しいです。この作品は短篇集なので読み"始め"やすく入門におすすめ、と言うのは鬼畜の所業かも?
読了日:2019/02
ブックガイドのような題名だが内容は小説、というか執筆指南書的な内容の小説で、成績優秀な中学生がディスクレシアだが発想力があるヤンキーと組んで小説家を目指すストーリー。ヤンキーのセリフ「インチキくせえハッピーエンドなんざいらねえよ」(P258)ではないですが結構不穏な雰囲気を感じさせる場面も多くて読みながら少々不安でしたが、思ったよりは厳しい展開にならなくて読み終わった後の印象も良かったです。
やっぱり「バブリング創世記」(筒井康隆)は音読でないとね。他にも音読することで新たな魅力が見えてくる小説があるのかもしれないと感じました。例えば「アルジャーノンに花束を」や新井素子の作品は朗読の仕方によって印象がだいぶ変わると思います。
読了日:2019/02
第29回鮎川哲也賞受賞のSF本格ミステリ。個人的にはSF:ミステリ=5:5位で読みました。『モモ』(ミヒャエル・エンデ)の登場人物の名前が出てきたり、砂時計は『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』でハーマイオニーが使っていたやつ(名前失念)がモチーフ?など先行作品の要素の使い方が上手くて面白かったです。未読なのでわかりませんでしたが、作中に出て来たベスターの作品(P23)は何か関係があるのでしょうか?また、懐中時計のゼンマイ切れを知らせる音(P161)に夢野久作の『ドグラ・マグラ』(が好みの友人)を思いだして笑ってしまいました。
犯人が発案したらしい「宇宙船時刻表アリバイトリック」「銀河千人同時密室殺人トリック」という犯罪(P191)を出すセンスはどことなく脱格系の匂いがしますが、それを用いられた話が書かれるならそれも読んでみたいです。
読了日:2019/03
1960年代~2018年までの日本同時代文学史。個人的には「文学賞メッタ斬り」(大森望・豊﨑由美)と並んで参考になります。「進化しすぎて袋小路のドツボにはまったポストモダン」(P200)などの毒のある表現には苦笑を禁じ得ませんが、なんとなく言いたいことは分かるし、確かにまあちょっとそんな感じじゃないかと思ってしまえるところにこの評者と私は相性がいいのだろうかと感じます。
「すぐれた文学とは、われわれを感動させ、その感動を経験したあとでは、われわれが自分を何か変革されたものとして感ぜずにはおられないような文学作品だ」(『文学入門』(桑原武夫),P15)と引用されていますが、これはまさにSFでいう"センス・オブ・ワンダー"ではないのでしょうか?
読了日:2019/03
『リリース』は個人主義思想が広まり両性がどちらも性的役割から"リリース"された社会で起きた生殖支援施設でのテロの顛末を書く内容。この社会は「かつてのマイノリティをマジョリティ化しただけ」であり「新マジョリティに適用できない旧マジョリティがマイノリティ化し、被差別者になっていることに関しては、徹底的に見て見ぬふりをしている」(P34)。 そして「自分が差別主義者じゃないと社会に対して意思表示するためには、(略)これまで差別を受けてきた回る必要がある」(P86)。果たしてこの世界が"ディストピア"だと思うかどうかは正に人次第でしょう。個人的には設定も興味深いですが、それより「正しい性を生きるというのは、自分の性を忘れるということなのだろうか。そうして性から解放され、人はようやく自由になるということだろうか。」(P137)という文章が印象に残りました。
『望むのは』光と色にあふれる爽やかな青春小説。第17回(2017年度)センス・オブ・ジェンダー賞大賞受賞。同じジェンダー的視点でも、前作『リリース』では性別に"こだわった"ストーリーが、対してこちらの『望むのは』は性別を意識しないストーリーが書かれていると、作中の性別を表す言葉の頻度の差異を感じて思いました。『リリース』もSoG賞を受賞してもおかしくなかった気がしますが、その系統だと『水晶内制度』(笙野頼子)や『殺人出産』(村田沙耶香)などが先に受賞しているのでハードルが高かったのかもしれません。
読了日:2019/03
数学(初等整数論)がテーマのファンタジー。作中に現れる数字は全て計算して確かめることができる(た)ので、実際に計算しながら楽しめます。数式の書体がイタリック体じゃない!というのは置いておいて、素因数分解からフィボナッチ数、フェルマーの小定理、コラッツの予想ぐらいまで出てきます。別にいつ読んでも良いのですが、中学校に入った位から読めるというか、数学が好みならその辺までが(背伸びしながら)読めて丁度良いと思います(私はそれぐらいに読みたかった)。出版社が東京書籍なだけに。
この作品は数学がテーマで、同趣向の書籍は有るか無いかでいえば有ります(『数の悪魔』『数学ガール』『算数宇宙の冒険』など)が、情報科学をテーマにした著書『白と黒のとびら』『精霊の箱』『自動人形の城』は類書は見たことがなくユニークなので特におすすめです。ただ、出版社が特殊(東京大学出版会)なため価格が高いのが難点といえば難点です。
余談ですが、解説の「数秘術などの実在の占術とも無関係です」には笑いました。興味本位でそれ系統の書籍も読んだことはあるのですが内容は……(以降自粛)。
月 | 書名 | 著者名 | 出版社 | 出版年 |
---|---|---|---|---|
1月 | 食用花の歴史 (「食」の図書館) | コンスタンス・L.カーカー,メアリーニューマン | 原書房 | 2019 |
ジャズる縄文人 | 金子好伸 | 宮帯出版社 | 2016 | |
家庭用事件 | 似鳥鶏 | 東京創元社 | 2016 | |
夜会 (吸血鬼作品集) | 井上雅彦 | 河出書房新社 | 2017 | |
二人の推理は夢見がち | 青柳碧人 | 光文社 | 2018 | |
未来を、11秒だけ | 青柳碧人 | 光文社 | 2019 | |
カウント・プラン | 黒川博行 | 文藝春秋 | 2000 | |
徴産制 | 田中兆子 | 新潮社 | 2018 | |
BRUTUS 2020年1/15号No.907 危険な読書2020 | マガジンハウス | 2019 | ||
宿借りの星 | 酉島伝法 | 東京創元社 | 2019 | |
ナイフが町に降ってくる | 西澤保彦 | 祥伝社 | 2002 | |
パプア・ニューギニア小説集 | マイク・グレイカスほか | 三重大学出版会 | 2008 | |
偶然屋 | 七尾与史 | 小学館 | 2018 | |
殺人鬼にまつわる備忘録 | 小林泰三 | 幻冬舎 | 2018 | |
これでよろしくて? | 川上弘美 | 中央公論新社 | 2012 | |
ヒョウタン文化誌 人類とともに一万年 | 湯浅浩史 | 岩波書店 | 2015 | |
ひみつのしつもん | 岸本佐知子 | 筑摩書房 | 2019 | |
人はアンドロイドになるために | 石黒浩,飯田一史 | 筑摩書房 | 2017 | |
コンピュータが小説を書く日 AI作家に「賞」は取れるか | 佐藤理史 | 日本経済新聞出版社 | 2016 | |
第一話 石持浅海「連作短編集・第一回」コレクション | 石持浅海 | 光文社 | 2015 | |
人間に向いてない | 黒澤いづみ | 講談社 | 2018 | |
会社員とは何者か? 会社員小説をめぐって | 伊井直行 | 講談社 | 2012 | |
限界集落・オブ・ザ・デッド | ロッキン神経痛 | KADOKAWA | 2017 | |
答え合わせは、未来で。(日産未来文庫) | 日産未来文庫編集部(編) | Amazon Kindle | 2019 | |
ゴルコンダ | 斉藤直子 | 惑星と口笛ブックス | 2019 | |
絶対小説 | 芹沢政信 | 講談社 | 2020 | |
妻が椎茸だったころ | 中島京子 | 講談社 | 2013 | |
Genesis 白昼夢通信 創元日本SFアンソロジー 2 | 水見稜ほか | 東京創元社 | 2019 | |
村上春樹は電気猫の夢を見るか? ムラカミ猫アンソロジー | 鈴村和成 | 彩流社 | 2015 | |
私と鰐と妹の部屋 | 大前粟生 | 書肆侃侃房 | 2019 | |
2月 | 小川未明童話集 | 小川未明 | 新潮社 | 1951 |
人類、宇宙に住む: 実現への3つのステップ | ミチオ・カク | NHK出版 | 2019 | |
ぼくの、マシン ゼロ年代日本SFベスト集成<S> | 大森望(編) | 東京創元社 | 2010 | |
逃げゆく物語の話 ゼロ年代日本SFベスト集成<F> | 大森望(編) | 東京創元社 | 2010 | |
ゼロ年代SF傑作選 | S-Fマガジン編集部(編) | 早川書房 | 2010 | |
小辞譚 辞書をめぐる10の掌編小説 | 文月悠光ほか | 猿江商會 | 2017 | |
SFが読みたい! 2020年版 | 早川書房 | 2020 | ||
21世紀SF1000 PART2 | 大森望 | 早川書房 | 2020 | |
怪奇小説という題名の怪奇小説 | 都筑道夫 | 集英社 | 2011 | |
生命式 | 村田沙耶香 | 河出書房新社 | 2019 | |
雑草で酔う~人よりストレスたまりがちな僕が研究した究極のストレス解消法~ | 青井硝子 | 彩図社 | 2019 | |
2010年代SF傑作選1 | 大森望・伴名練(編) | 早川書房 | 2020 | |
2010年代SF傑作選2 | 大森望・伴名練(編) | 早川書房 | 2020 | |
中国科学幻想小説事始 | 童恩正,池上正治 | イザラ書房 | 1997 | |
中国科学幻想文学館〈上〉 | 武田雅哉,林久之 | 大修館書店 | 2001 | |
中国科学幻想文学館〈下〉 | 武田雅哉,林久之 | 大修館書店 | 2001 | |
深淵と浮遊 現代作家自己ベストセレクション | 伊藤比呂美ほか | 講談社 | 2019 | |
タボリンの鱗 竜のグリオールシリーズ短篇集 | ルーシャスシェパード | 竹書房 | 2019 | |
青少年のための小説入門 | 久保寺健彦 | 集英社 | 2018 | |
てがるにできる加工食品 | 峰下雄ほか | 建帛社 | 1983 | |
十二月の十日 | ジョージ・ソーンダーズ | 河出書房新社 | 2019 | |
時空旅行者の砂時計 | 方丈貴恵 | 東京創元社 | 2019 | |
月の落とし子 | 穂波了 | 早川書房 | 2019 | |
はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか | 篠田節子 | 文藝春秋 | 2011 | |
3月 | 手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ) | 穂村弘 | 小学館 | 2001 |
密原トリカと七億の小人とチョコミント | 太田忠司 | キノブックス | 2019 | |
短篇集ダブル サイドA | パクミンギュ | 筑摩書房 | 2019 | |
短篇集ダブル サイドB | パクミンギュ | 筑摩書房 | 2019 | |
となりのヨンヒさん | チョン・ソヨン | 集英社 | 2019 | |
日本の同時代小説 | 斎藤美奈子 | 岩波書店 | 2018 | |
星の民のクリスマス | 古谷田奈月 | 新潮社 | 2013 | |
リリース | 古谷田奈月 | 光文社 | 2016 | |
望むのは | 古谷田奈月 | 新潮社 | 2017 | |
無限の玄/風下の朱 | 古谷田奈月 | 筑摩書房 | 2018 | |
神前酔狂宴 | 古谷田奈月 | 河出書房新社 | 2019 | |
魚神 | 千早茜 | 集英社 | 2009 | |
怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関 | 法月綸太郎 | 講談社 | 2015 | |
文体練習 | レーモン・クノー | 朝日出版社 | 1996 | |
文体練習 (レーモン・クノー・コレクション 7) | レーモン・クノー | 水声社 | 2012 | |
コミック 文体練習 | マットマドン | 国書刊行会 | 2006 | |
ダンジョン飯 1 | 九井諒子 | エンターブレイン | 2015 | |
ダンジョン飯 2 | 九井諒子 | エンターブレイン | 2015 | |
ダンジョン飯 3 | 九井諒子 | エンターブレイン | 2016 | |
ダンジョン飯 4 | 九井諒子 | エンターブレイン | 2017 | |
ダンジョン飯 5 | 九井諒子 | エンターブレイン | 2017 | |
ダンジョン飯 6 | 九井諒子 | エンターブレイン | 2018 | |
ダンジョン飯 7 | 九井諒子 | エンターブレイン | 2019 | |
ダンジョン飯 8 | 九井諒子 | エンターブレイン | 2019 | |
奇妙な小話 佐藤春夫 ノンシャラン幻想集 | 佐藤春夫 | 彩流社 | 2018 | |
ダ・ヴィンチ 2020年4月号 少女小説特集 | KADOKAWA | 2020 | ||
物質たちの夢 | 八木ナガハル | 駒草出版 | 2020 | |
天使の歩廊 ある建築家をめぐる物語 | 中村弦 | 新潮社 | 2008 | |
数の女王 | 川添愛 | 東京書籍 | 2019 | |
某 | 川上弘美 | 幻冬舎 | 2019 | |
動物たちのまーまー | 一條次郎 | 新潮社 | 2020 | |
人間たちの話 | 柞刈湯葉 | 早川書房 | 2020 | |
蕃東国年代記 | 西崎憲 | 東京創元社 | 2018 | |
ハートブレイク・レストラン | 松尾由美 | 光文社 | 2008 | |
ハートブレイク・レストラン ふたたび | 松尾由美 | 光文社 | 2015 | |
ダイオウイカは知らないでしょう | 西加奈子,せきしろ | 文藝春秋 | 2015 |
書名 | 著者名 |
---|---|
徴産制 | 田中兆子 |
ひみつのしつもん | 岸本佐知子 |
コンピュータが小説を書く日 AI作家に「賞」は取れるか | 佐藤理史 |
ゴルコンダ | 斉藤直子 |
絶対小説 | 芹沢政信 |
妻が椎茸だったころ | 中島京子 |
生命式 | 村田沙耶香 |
青少年のための小説入門 | 久保寺健彦 |
時空旅行者の砂時計 | 方丈貴恵 |
はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか | 篠田節子 |
日本の同時代小説 | 斎藤美奈子 |
リリース | 古谷田奈月 |
望むのは | 古谷田奈月 |
怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関 | 法月綸太郎 |
文体練習 | レーモン・クノー |
数の女王 | 川添愛 |
動物たちのまーまー | 一條次郎 |
人間たちの話 | 柞刈湯葉 |